フォロ・ロマーノ

ローマ編1

フォロ・ロマーノ

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Z子の悲劇 ~ローマ編1~ 

ローマという街の、耳にした事のある観光スポットを数え上げるだけでもすぐに20や30にものぼります。 バチカン市国、サン・ピエトロ寺院、バチカン美術館、コロッセオ、スペイン広場、真実の口、トレビの泉、サンタンジェロ城、ナボナ広場、フォロ・ロマーノ・・・・・・。

この日、Z子とぼくが観光のコースとして選んだのは、コロッセオ(Colosseo)とフォロ・ロマーノ(Foro Romano)、そして真実の口(Piazza Bocca della Verita)でした。Z子とぼくは早起きして、ホテルからコロッセオまで歩き、ここで合流した?日本人観光バスグループに混じってガイドさんの説明を聞き、コロッセオ前の大きな広場を、ジプシー少年団を敬遠しながら横切って、フォロ・ロマーノの入口へとたどり着きました。ローマ帝国時代の競技場=コロッセオとローマ帝国発祥の地であるフォロ・ロマーノでは、映画「ベン・ハー」や「グラディエーター」のシーンと重ね合わせながら、古代のロマンに浸ったものです。

フォロ・ロマーノとは、サファリパーク並みの広い丘陵地帯が旧市街地として存在していたもので、展望所からは360度、現代のローマ市が一望できます。しかし、ローマ帝国を彷佛とさせる遺跡の数々は、ひとつも完全な形で残っておらず、目下、復旧作業の真っ最中でした。イタリアは一部ブランド産業を除いて、経済的に落ち込んでおり、経済も観光に頼らざるを得ないという状況を繁栄して、遺跡の修復に力を注いでいるようでした。

修復中とは言え、古代ローマ帝国の大パノラマを堪能したZ子とぼくは、入場した入口とは別の、次の目的地「真実の口」に近い出口を目指しました。しかし、だだっ広い敷地の中で、目標にする建造物もなくZ子とぼくは方向感覚を失い、出口へのディレクションが分からなくなってしまったのです。修復中の観光名所ではすれ違う観光客も少なく、人に聞く事もままなりません。たまに出会ったイタリア人に「Where is the EXSIT ?」と尋ねても、誰一人、ぼくのネイティブな英語を理解してもらえません。あっちとか、こっちとか、指差してくれるだけでも大いに助けになるのに・・・。

通路で出会ったいくつかのグループに聞いてみたところで、ぼくたちは途方にくれてしまったのです。「今日の観光予定は、ここで終わってしまうのか?オードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペックがたわむれた『真実の口(Piazza Bocca della Verita)』には、もはやたどり着けないのか?」とあきらめかけたその時、Z子が、「ねぇ、出口って『USCITA(ウシータ)』って言うんじゃない?美術館の出口のところに矢印があって、必ず『USCITA』って書いてあるわよ。」と言い出しました。

そこで、次に出会った人に「USCITA!Piazza Bocca della Verita!」と単語の羅列を投げかけてみました。すると、ぼくたちが「真実の口へ行くための出口を探している」ことが通じたようで、ベラベラとしゃべりながら指差してくれたのでした。外人は身振り手振りが大きいですから、Z子とぼくは、言葉は分からなくても充分理解できたのでした。

迷えるふたりの東洋人は、Z子のかすかな、しかし、的確な記憶のお陰で、ローマ帝国の迷路から脱出することができたのでした。

ところが、まだまだ、「真実の口」への道は遠く険しいものだったのです。(つづく)

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